裁判官との懇談会「葬儀費用」(2019.3.4)

 先日、大阪弁護士会交通事故委員会と大阪地裁交通専門部(15民事部)裁判官との協議会がありました。
 これは、毎年、開かれているものであり、一年に一回、弁護士と交通部の裁判官とが個々の事件と関わりない世界で直接議論できる貴重な機会です。
 裁判所からは、一年の受任事件数とか、和解率とか一通りの状況が示されます。ここ数年一年の新受任件数は、1600件程で推移しているようです。
 裁判官は10人程ですが判事補(一人では裁判できない)もいますので、裁判官一人頭180件近い裁判を新たに担当していることになります。交通部の裁判官は、欠席裁判とかはないし、一つ一つの裁判が時間かかるので、裁判官、常時200件の裁判を抱えていることになるでしょう。
 弁護士側から、テーマに沿って、裁判官に質問がなされます。保険会社側の弁護士も参加しています。「通院慰謝料」のテーマのとき、保険会社側さんの弁護士さんからは、ネットの影響で、軽微というより微小事件で通院回数を重ねるケースが多いことのアピールがなされたりします。通院回数に騙されるな!ということを裁判官にアピールしているのですね。裁判官からは、玉虫色の回答がなされることがほとんどです。
 そんな質疑応答の中で「葬儀費用」が議論になりました。大阪では、葬儀費用は、定額150万円で、その証明のため、領収書とかも不要という運用がなされてきました。ただ、近時、家族葬等比較的安価な葬儀で済ますケースが多く、その場合に150万円という定額で処理するのはおかしい、領収書等立証がなされるべきだという主張が保険会社側からなされたりすることが増えました。この点は、裁判官も悩んでいるテーマということで、ある裁判官は、実際にかなり少ない葬儀費用のケースも多いこと考えられるから、立証責任の原則からすれば被害者側で領収書等で立証されるべきではないか…みないな歯切れが悪いですが、保険会社に同調した発言がなされました。150万円の定額制は問題あるとの雰囲気が漂います。
 これに対しては、私は納得行かず発言しました。
「皆さん、葬儀費用の損害賠償というのは、治療費のようなものではないのです。人間誰もが死ぬのです。事故がなければ治療費要らなかったという類とは性質的に違うのです。理論的には、早く亡くなって余分にかかったコストだけという事になりそうな話なんです。でも、人が亡くなって、葬儀費用が損害ではないというのは、如何にも一般人の感覚に反します。やはり、損害額に含めるべきだという観念からのもので、一種のフィクションなのです。そして、葬儀費用は、家族状況、宗派によって異なり、また、お寺の費用、香典の有無、多種多様で、かつ、領収書を取ることが難しい費用が多い。遺族の葬儀に駆けつける交通費はどうなるのか?法事の費用は?葬儀で休んだ休業損害は?等、結構言い出せば論点は切りがないのです。あくまで損害論のフィクションなのですから、社会的相当額でいいわけです。社会相当性のある通常損害は、150万円であり、それについて、特に立証を要しない。礼儀的、例えば、身元不明で役所の方で荼毘に付されれた後、相続人が発見され、損害賠償がなされたなど、明らかに、葬儀費用が含めるのは妥当ではないと考えられる場合にのみ、150万円の枠組みを崩すべきである。家族葬をしたからと言って、納骨や法事の問題も残ります。いちいち細かな立証の問題を突きつけることは、遺族に更なる心理的ダメージを与えるものである。立証無用の150万円運用を堅持すべきでしょう。」
 その後、裁判官との懇親会のとき、ある裁判官から「先程のお話、全くそのとおりだと思います。交通事故の損害は、フィクションだらけ。葬儀費用の論点に混迷すれば、他の過失割合とか逸失利益といった重要な論点の議論がおろそかになってしまいます。」というご意見をいただきました。裁判官独立の原則がありますので、裁判官意見が違ってもいいことになります。しかし、是非とも葬儀費用については、しっかりその意味を考えていただき、無用の議論が無いよう裁判官共通の認識としていただきたいと思います。

立憲主義と民主主義ー死者の投票権ー(2019.2.26)

先日、NHKで「立憲主義と民主主義」というテーマの放送がなされていました。
改めて、民主主義を考えさせられました。
皆さん、民主主義は、いい事だ。正義だと盲目的に思いこんでいませんか。政治は、民衆の手で運営されるというのが民主主義。対局にあるのが独裁主義。
でも、ヒトラーもムッソリーニも民衆から選ばれた民主主義に基づいて生まれてきた独裁者です。
民衆というのは、自己主義で、また、周りの雰囲気に流されやすく、ややもすれば、煽動に乗りやすいのです。民衆だけの政治は、愚衆政治に陥りやすく、少数派の人権侵害が生じたり、また、国家が困難な局面に面したとき、意見がまとまらず、何らの対策が取れず、状況が悪化するということもなります。ひどい状況でも現状維持の状況に陥り易いのです。ヒトラーやムッソリーニが生まれた時代も、第一次大戦後の経済的困窮状態を脱することができない状況にストレスを貯めていた民衆が、民主主義に失望し、ヒトラーやムッソリーニという一人の英雄に国家の運営を委ねたというものです。(無論、ナチス党の国民の支持率は、格段に高くなかったなど、史実はもっと複雑ではありますが…)
 他方、立憲主義とは、行政府に対する制限で、憲法に基づいて政治がなされるというものです。無論、民衆がいくら望んでも憲法に反することはできません。民主主義に制限を加えるものです。では、立憲主義は、民主主義に反する制度でしょうか。NHKでは、立憲主義について、「死者の民衆の意思」という言葉を使っていました。なるほど!!素晴らしい表現です。憲法制定時の民衆は、民主主義は、もともと危険なものであることを認識して、一定の歯止めをかけたものと言えます。制定時の民衆が当時の民衆のみならず、子孫である未来の民衆に対しても制限を設けたものなのです。
 憲法改正手続きは、死者の民衆意見をどう反映させるかのシステムであるわけです。コロコロと容易に憲法を改正し、死者の意見をほぼ無視している国も多くありますが、日本の場合、硬性憲法と呼ばれ、その改正には、相当のハードルを設けています。現代の政治に死者にも投票権を与え、死者の意見をも現代の政治に反映させるシステムといえます。
 人間は、一定の周期で馬鹿なことを繰り返します。株バブルもしかり、一定の周期で発生します。世代が変わると過去の事を実感できないのです。歴史は繰り返される。ひどい事態を経験した当時の民衆が憲法という形で、過去の歴史を振り返らない将来の民衆を戒めることができるようにしたのです。
 日本国憲法が日本の国民の意思に基づいて制定された憲法か?という事に対しては、異論のあるところです。しかし、当時の民衆では、過去に学んだ憲法を制定する能力に欠けていたとも言えます。幼少からの教育は、そう簡単に変えることはできません。
 その意味で、マッカーサー草案は、それ自体、過去の人類過ちを反省し、国家の理想の物として、純粋な気持ちを持つ学者によって起草されたものです。世界的な平和を願う民衆の意思が反映されたものとも言えます。与えられた憲法でも、国民が受け入れたものであり、やはり日本人の憲法と言って良いと思います。当初ためらいがあろうと使ってみるととてもいい物であったということは良くありますね。それでいいじゃないですか。
 実は、日本の法律は、憲法改正の要件である国民投票の制度の記載が欠落しており、今、憲法改正手続きに入ることができない状況にあります。安倍首相は、憲法改正を目指しているという報道がなされたりします。私は、憲法改正自体の是非については、悩んでいるところではあります。これから十分議論すべき事項とは思います。が、憲法改正の手続き方法は、国内法としてきちんと確立していないといけないと思います。死者の投票権は尊重されはすれ、あくまで絶対的なものではありません。
(弁護士黒田)

離婚の慰謝料 元妻の不倫相手への請求否定 最高裁判断(2019.2.20)

2月19日、離婚の慰謝料を不倫相手に求める事ができるかについて初の判断がでました。
要約すれば、「不倫の不法行為とは別に、離婚自体の慰謝料を、不倫相手に請求することはできない。離婚自体の慰謝料は、特段の事情が無い限り、夫婦間でのみ発生するものである」というものです。
 私は、この最高裁の判断は、至極真っ当な判断と思います。
①不倫行為自体は、個々の不法行為として精神的損害の慰謝料請求権が発生します。
他方、
②離婚の慰謝料というのは、離婚自体に基づく慰謝料というもので、その内実は、けっこう曖昧な内容となります。即ち、結婚生活に於ける日々の積み重ねの不法行為、離婚の承諾対価等総合的に判断されるものなのです。無論、慰謝料が発生しない離婚も存在します。
不倫行為の慰謝料は、その事実を知ってから3年の時効にかかります。
今回の裁判では、不倫行為を知ってから3年を経過してから、離婚が成立した事案で、不倫の不法行為を理由に請求することはできないことから、離婚の慰謝料を理由に裁判を提起したというものです。
 離婚の慰謝料を個々の不法行為とは別に認めることになれば、世の中混乱が生じます。
離婚時点で時効期間が開始するとなれば、あるとき、突然、訴えられるということが発生することになります。理論的には、10年前の浮気を根に持っていて、とうとう離婚に至ったというケースで、不倫相手が突然訴えられるということが起こります。離婚というのは、そんなに簡単に成立するものではありません。離婚の慰謝料に不倫相手も含めてしまうと世の中に混乱が生じてしまいます。どう考えても請求に無理があります。原審の弁護士さん何故提起したのだろう?。何故、地裁、高裁で裁判官認めたのであろう?との疑問をぬぐえません。
 もっとも、原告側の気持ち分からないではありません。今回の様に、子供のいる家庭で妻が浮気したとき、夫は、子供のために我慢して、事を荒立てずにやり直す道を選ぶ事が、結構な確率であります。しかし、私の経験では、妻が浮気のパターンは、いずれ離婚に至ることが多いと思います(夫浮気の場合はそうでもない)。私見ですが、家庭というのは、女性が偉くないとうまくいかない。妻が夫を叱っている家庭が円満なのです。妻の不倫の場合、やり直すことをしたとしても、女性は、夫に対して負い目を感じ続けます。知らず知らず、男性上位の家庭の雰囲気になってしまうのです。これは、女性に多大なストレスを生み、結局、そのストレスに耐えきれず、妻は、家を出て行きます。男性側から「私は、精一杯努力したのに何故だ?」みたいな相談を受けたりしますが、このような理由で妻の浮気のケースは、修復が難しいのが現実です。
 今回の事件、離婚に至って、原因を作った不倫相手が何もなかった様な顔で生活しているのは許せない。なんとかギャフンと言わせたいと思って、訴えを提起したのでしょう。原審で認められた慰謝料が198万円と離婚慰謝料相場としては、やや高い金額なので、おそらく、かなり男性側に気の毒なケースであったかもしれません。しかし、一旦、諦めるということを選択した以上、蒸し返しはいけません。
 もし、最高裁が不倫相手に離婚の慰謝料を認める判断を下していたら、弁護士業界活況に沸くことになります。過払い事件ブームの再来です。
「過去の不倫慰謝料ならお任せ!弁護士法人 〇〇事務所」 のテレビCMがお茶の間に流れていたことと思います。

「韓国徴用工判決」と統治行為論(H30.11.1)

10月30日、韓国の最高裁判所にあたる大法院は、元徴用工の韓国人4人が新日鉄住金(旧新日本製鐵)に損害賠償を求めていた裁判で、同社に計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じる判決を言い渡しました。
 徴用工とは、第二次大戦中に工場などで強制労働されたとする人たちの事です。1965年の日韓請求権協定によって、日本が韓国政府に多額の経済協力金を支払いました。この協定により、「安全かつ最終的に解決された」として、日本の戦後の日韓関係が構築されてきました。韓国は、日本からの経済援助金を個人に振り分けることもできたはずですが、これを国内のインフラ整備に充て、「漢江の奇跡」という経済成長を成し遂げることができました。
 確かに、国家間の合意したからといって、なぜ個人の請求権が失うか?国家の合意に国民が参加していないのであるから、勝手に個人の権利を失わせることはできないという韓国裁判所の判断にも一理あるところです。
 これに対し、国際的な常識から逸脱しているとして、あちこちでいろいろ書かれていますので、その点については、割愛します。私が今回びっくりしたのは、韓国の裁判所がこのような他国を巻き込んだ条約にも関わる高度に政治的な事柄に首を突っ込んで判断をしたことです。
 日本だと、統治行為論を使うなどして、最高裁は判断しないと思います。統治行為論というのは、つまり、国家の行く末に関わるような高度に政治的な事柄については、裁判官が、「私ら、国民から選ばれていないし、単に法律家に過ぎません。間違った判断しても政治的な責任も負いません。そんな私らが国家の行く末に関わるような重大な政治的事項について、判断していいんですか。国が無茶苦茶になってしまうかもしれませんよ。責任追いませんよ。いいんですか?。ダメでしょ、だから、判断しません」というものです。
また、最高裁ではありませんが、自衛隊の憲法違反が問われた裁判(長沼ナイキ訴訟という法律家には有名な裁判です)で、高裁が、この統治行為論を使って判断を避けています。
 私は、国の行く末を、法律の専門家に過ぎない職業裁判官に委ねることは、危険だと思いますし、判断を委ねられた裁判官も相当なプレッシャーになるのではないかと思います。また、最高裁判所の裁判官を行政のトップが選ぶ制度の場合、裁判所を隠れ蓑にする独裁者が現れるかも知れません。政治は、1+1=2となるとは限らない世界です。裁判官は、神様ではなく、むしろ、1+1=2の融通の利かない機械だと思いますので、条約に関わるような高度に政治的な事の判断を少数の裁判官に判断させるのは、良くないというのが憲法学的見地からの私の結論です。なんだか、昔の司法試験の問題の様な議論になっちゃいましたが、憲法を身近な今回の事柄をテーマに論じてみました。
(黒田)

弁護士狩猟民族、税理士農耕民族(H30.10.11)

本日は、朝早くから起きての日帰り金沢出張でした。特急サンダーバードは、高槻駅に停車するので、助かります。
 高槻駅で知人の税理士Hさんと出くわし、同じ列車に乗るとの事で、自由席に変更し、ご一緒することになりました。Hさんは、大学の先輩で、とても温厚な方で、時々、案件をご紹介頂いています。
 電車の中では、話が弾みました。その中で、税理士と弁護士の比較論がとても面白く、弁護士は、狩猟民族、税理士は農耕民族という位置付けとなりました。狩猟民族は、猟師、あるいは漁師ということになりますが、面倒なので、以下、漁師で書き進めます。
 農耕民族(お百姓)たる税理士さんは、山林から田畑開墾し(新しく事業を始めた方のサポート)、日々、作物(顧問先)の世話をし、一年に一度(確定申告時)に実りを受け取る。一度、開墾すれば、ずっと、毎年実りをもたらしてくれる(通常税理士を変えることはない)。時々台風(税務調査)も来て、被害もでるが、台風も雨をもたらしてくれて、日本の農耕には、無くてはならないものです。税務調査もなければ、誰も税理士に依頼しません。税理士にとっても、台風(税務調査)は、無くてはならないものです。
 定型的な作業が多く、小作(従業員)をうまく使えば、大規模農場(大規模会計事務所)を経営することも可能です。
 大切に世話すれば、土地(顧問先)を子孫に承継することは、容易で、大地主が代々引き継がれる傾向にあります。ただ、最近は、開墾する土地が少なく、新人税理士は、小作人から抜け出せず、格差社会が形成されつつある様です。
 これに対して、狩猟民族(漁師)たる弁護士は、同じ田畑から毎年実りがあるわけではなく、一回、一回が勝負。事件が終了すれば、大抵の場合、依頼者との関係は、それで終了。次の魚(事件)を捕ることで生計を立てる事になります。弁護士としては、皆、大間のマグロの如く大物魚を捕りたいと願っていますが、現実は、鯛、ヒラメ、サンマで生計立てています。ただ、最近は、司法改革の下、弁護士大幅増員により、漁師が増えた上、資源も少なくなり(事件の相手お金無ければ事件になりません)、サンマも不漁続きです。
 漁を知らない若者や牙が折れた老弁護士は、うまく、狩猟・漁(事件解決)ができず、収入が確保できなくて、悪徳業者の手先に使われた挙げ句弁護士資格を失う例が絶えない状況にあります。
 Hさんは、税理士業をされていますが、公認会計士の資格も有しておられる方で、「士業」の事をよく分かっておられます。
 Hさん曰わく、「私は、弁護士は、とても大変な仕事だと思います。人の揉め事に首を突っ込んで行くお仕事なわけですから…。私は、揉め事は大嫌いで、話を聞くだけで、心が折れてしまうのです。」
 そうなんです。弁護士業は、揉め事を扱う仕事なので、とても神経を使います。実際、危険な思いをすることも多々あります。また、勝負事なので、勝ち負けがあり、負けると(魚を取り逃す)と収入がガクンと減ります。負けると心凹みます。更に、依頼者は、どんな仕事をするかよりも結果を求めますので、どんなにいい仕事しても結果に満足して頂けないこと多々あります。依頼者も精神的に張り詰めているケースが多く、その扱いを誤れば、依頼者がクレーマー化する危険があります。
 それに対して、税理士は、基本、商売である程度成功している人を扱います。金持ち喧嘩せずといいますが、ある程度、商売が成功し、心が穏やかな方が顧客です。仕事の結果も、一般の人には分かりません。多少の税務申告ミスがあっても、顧客が気付くことは先ずありません。弁護士は、実質勝訴でも満足頂けず、「弁護士ダメだ」と言われたりします。
 現実、弁護士は、鬱病など精神疾患に陥る人がとても多いのです。
 

HP講習会に行ってきました(H30.9.28)

 金曜日、弁護士ドットコムさん主催のホームページ講習会に参加しました。
講師は、某法律事務所の「広報・マーケティング部」の職員さん。法律事務所にこんな部があるんだ!との驚き、最近のHP事情を勉強させていただこうと参加いたしました。
 参加者の弁護士は、40人程。ほとんどが若手の弁護士で、ちょっと、私は、年齢的に浮いた感じになりましたが、若手弁護士のHPによる集客の意欲をすごく感じました。
 講義内容は、当然、弁護士ドットコムさんのホームページ作成業務の寄与すべく、WEBマーケティングの効能や、WEBサイト制作論、SEO対策、リスティング広告等、幅広いものでした。
「写真は、こう撮ればいい」、「○○については、強調して、記載することを心がけて…」ホームページのサンプルも示され、具体的な内容にも及ぶ実践的な講義でした。
 ただ、盛んに「マーケティング」という言葉が出てきます。マーケティングというと「何が売れるか」「利益が出る商品をどう売るか」というメーカーや小売業の世界の様です。我が業界にも、この「マーケティング」思考の必要であることを説かれます。
 講師の事務所では、交通事故を専門と謳いながら、物損事故は、受付の段階で、定型的に「取り扱っていない」と断ったりするそうです。以前、「ぼやきコーナー」で、相手タクシー共済、受任お断りの事務所をぼやかせていただきました(詳しくは「某法律事務所 タクシー共済相手お断り」をご参照ください)が、これもマーケティングなのですね。
 コストの話も出ましたが、HP制作費、ン百万というのにも驚きました。SE対策にしろ、リスティング広告ワンクリック5000円というのもあること驚きです。
 要は、コストをかけても、HPで、沢山の問い合わせを集め、かけたコストに見合う効率的な選別システムで対応するというもの。網の目の大きさで調整するトロール漁業の様ですね。
 私は、マーケティング理論自体を否定するものではありません。でも、このシステム長い目で見れば、うまく機能せず、破綻すると私は考えます。ファミリーレストランや居酒屋チェーンが一時、飲食業界を席巻しましたが、今は、どちらかというと小さな個性的なお店が人気です。消費者は、もっと賢いのです。我々の仕事は、大量生産に向かない職種なのです。トラブルを扱うビジネスですから、かなり神経を使う仕事なのです。
 私は、理論に振り回されることなく、自分が楽しいと思うことを続けるスタイルを貫きたいと思います。
 これは、私の師匠の教えです。
『無理して自分を作る必要はない。自然にしていても、君と波長の合う人が自然に集まってくるものですよ』
 我々の仕事には、模範解答というものがありません。各弁護士、考え方、やり方も異なり、無論、結果も異なります。よく「いい弁護士を紹介して下さい」と言われますが、私は、「あなたと波長が合う弁護士があなたにとっていい弁護士です。いろいろ質問してみなさい」と答えています。
 実は、当事務所のHP歴史は、結構長いのですが、これは、元々、とある情報処理の大学教授の依頼により、ゼミ生の卒業課題として学生にHP作っていただいたことがスタートです。その後、少しずつ、手を加えて来ました。当事務所のHP、正直、最近ちょっと派手だなあ~という感じがしています。これは、「ぼやき漫談」でぼやいているとおり、私は、宣伝系法律事務所、司法書士事務所の仕事ぶりには、大きく反感を覚えており、せめて、地元の人には、正しい情報を発信していきたいということから、書き加えた結果、このような派手目の落ち着きのないHPになってしまいました。
 ごちゃごちゃとして下町的雰囲気です(昔の香港九龍城)。事務員さんからは、もっと、オシャレなHPにしたらと言われますが、このスタイルが私の自然体なのです。変えるつもりはありません。自分が楽しみ、訪れた人に興味を持って頂けるHPにしたいと思います。(時代遅れの男になりたい・・・。By川島英吾)

(文責:黒田悦男)

弁護士が葉書を使うとき(H30.9.26)

今月号の弁護士会の会報に、ある弁護士の懲戒(戒告)が公告されています。
不倫の慰謝料請求されている女性から委任を受けた弁護士が、慰謝料を請求している相手に対して、葉書で反論した案件です。葉書という第三者が目に触れる可能性がある方法を使った事が懲戒理由です。葉書に書かれている内容がかなり生々しいものだったことが推測されます(プライバシーや名誉を毀損する内容とある)。
 何故、わざわざ葉書という手段を使ったのか不明です。葉書印刷は面倒、手書きならば、尚更です。葉書という手段を使ったとは、何らかの意図をもってのことでしょう。しかし、例え、同居者はおらず、目にするのは、守秘義務のある郵便局員のみだとしても、やはり、葉書というのは、やはりまずい。若い弁護士さんの様ですが、依頼者に傾倒するあまり、熱くなりすぎたのでしょうね。
 実は、私も葉書を使うことはあります。主に、示談交渉の途中で、加害者と保険会社連絡取れなくなってしまう場合です。保険会社と加害者が連絡取れなくなることは、実は、よくあるのです。世の中、知らない電話に出ない。郵便物見ないという人結構いるのです。保険会社相手に裁判するという方法もあるのですが、それは最終手段です。私は、大阪、京都あたりですと、家まで行って、確認することをします(不在なら、名刺をドアに差し入れる)。遠方の人には、葉書に「交通事故の件で、保険会社連絡つかなくなって困っています」と敢えて、家人の目に触れるように送ったりもします。多重債務者である加害者が夜逃げをしてしまっていたところ、母親が葉書を発見し、加害者に連絡を入れてくれて、結果、加害者から保険会社に連絡が入り無事示談が成立したというケースがありました。
 葉書を出すにしろ、名刺を挟むにしろ、家人が見つけてくれることを期待しているところがあります。このように家人の目に触れることを前提としていますので、葉書は、その内容、使い時は、慎重に検討しなければなりません。
 不倫とか「性」に関わる事案で、葉書を使うのは、誰かに見られる可能性がある故、相手方に対する脅しや嫌がらせの側面を有します。そんな気が無かったでは済みません。弁護士は、品位を以て交渉しないといけないのです。

2018年度司法試験結果発表(H30.9.12)

 9月11日16:00 本年度の司法試験結果が発表されました。今年の合格者は、1525人昨年より18人減ということで、制度発足時、合格者3000人目標とされていましたが、昨今の司法業界事情により、合格者1500人程度とすることが、既定路線になったものと思われます。合格者の方おめでとうございます。

 合格発表について、私の思い出話をひとつさせて頂きます。
 どういうわけか、司法試験の発表は、昔から16時なのです。今は、試験の発表は、この1回だけですが、私の頃は、択一試験、論文試験、口述試験と合計3回の発表がありまして、発表当日、16時までの時間が長くて落ち着きませんでした。発表日など、全く、勉強する気にはなりません。何をしても「上の空」。誰かと会う気もしません。切腹を待つ赤穂浪士の志士の気分です。部屋の掃除をしたり、市民プールで、延々泳ぐということをしたりしていました。
 当時は、択一試験や論文試験の試験結果は、FAXの印刷でした。メールも無い時代ですから、各発表会場に16;00少し前に、法務省からFAXが届くのだと思います。ですから、張り出した合格者の文字は、とても小さく、FAX特有の潰れたギザギザ文字でとても読みにくいのです(最終の口述試験発表は、法務省前だけなので、大きな文字)。ホント最初見たとき、「ちっちゃ」と思わずつぶやいてしまいました。
 択一試験については、大阪の場合、関西大の正門前に張り出されていました。小さな掲示板に、人の名前がびっしり書いてあるので、近くに行かないと見えません。
 関西大の場合、掲示板の前に,平たい大きな石がありまして、多くの人が、その石の上に乗って、目を凝らして自分の名前を探します。択一試験は、5人に1人の時代ですので、多くの人がその石の上で、がっくり肩を落とすことになります。受験生は、その石を「残念石」と呼び、何万人の「残念」との心の声が染みこんだ石として、恐れおののき、祟りを恐れて、通るとき、その石をなぜてお祈りしていました。
 残念石は、今でも、改修工事がなされた関大正門前にあります。真正面の1メートル少しの平たい石です。

 論文試験の発表は、京都の検察庁の掲示板。択一試験の結果掲示板は、それなりの大きさだったのですが、論文では、小さな掲示板なのです、。紙に、僅かな人数しか名前がありません。大阪、京都の択一受験場の様子が浮かび上がります。100人の内3人程ですので「あんなにいっぱいいたのに、たった、これだけか…」という感じを受けました。

 実は、多くの場合、掲示板を見る前に自分の結果は、予想が付きます。先に合格を確認した人は、当然、他に誰が合格したかチェックします。合格したように見える知り合い(ニコニコしている)から、目をそらされた場合、「あ、名前無かったんだ」と、ドーンと沈んだ気分で、人混みの隙間から自分の名前の無いことを確認します。合格した知人の名前を発見したときは、同じ苦労を共にした仲間ですので、祝う気持ちと、自分が、取り残された様な妬む気持ちとが複雑に混ざり合った気持で、帰路につきます。暑さも和らぎ、少し、涼しい風が吹く、京都の夕焼けが今でも頭に浮かびます。

 口述試験発表は、東京なので、私は行ったことはありません。予備校や司法試験雑誌の会社に、1時間位すると情報が回り、電話をかけて確認します。「おめでとうございます」という声を今でも覚えています。間違いでは無いかと思い、違う所に,再び電話して確認したことを思い出します。

 司法試験は、私にとって、青春を費やした場で、高校球児の甲子園の様なものでした。合格発表の報道を見て、つい、あの頃に思いを馳せてしまいました。今年合格された方もそれぞれ青春の1ページとして、今日の日は、一生の思い出になると思います。残念ながら不合格だった人、もう、再スタートは始まっています。気分が乗らなくても、先ず、本を開くことを始めて下さい。

司法研修所の同窓会

司法研修所の同窓会

 平成30年8月25日 京都ウエスティンホテルで司法研修所同期の同窓会が開かれました。

 卒業生729人中、450人弱の人が集まりました。実に6割の出席です。当時の教官も50名程度ご参加頂きました。我々旧司法試験組(ロースクールの無い一発勝負世
代)は、定期的に同窓会をするのが慣例です。10年目に熱海、20年目に京都で行います。10年目は、東京の弁護士がホスト役を務め、20年目は、大阪を中心とした関西の弁護士がホスト役を務めます。私は、教官受付係でした。修習の仕組みとかの説明は、またの機会にしますが、我々の時代の修習は、司法修習24か月の内、8ヶ月埼玉
県和光市の司法研修所で一緒に過ごす制度で、かつ、その半分が寮で寝食を共にしていましたので、「同じ釜の飯を食った者同士」連帯感があります。そういう訳で、2時間程の一次会は、あっという間に過ぎました。久々に会った人と話すのに忙しくて、立食形式の食事は、誰も手を付けず、大量破棄。勿体ない。10年目と違い、20年目では、皆、それぞれキャリアを積んでいます。裁判官も部長、検事も部下を多く抱えています。弁護士は、自由業ですので、一人でしている者、500人の弁護士を抱えた共同経営者、自分のライフスタイルに合わせていろいろです。外で会えば、各自の立場からなかなか自由に話せない関係でも、同期会は、対等に楽しく話ができます。

 2次会は、京都の旅館(クラスで異なる旅館)にて、京料理のクラス別懇親会です。だから、私は、1次会は、他のクラスの人と話すようにしていました。2次会の後は、旅館での部屋呑み。本来、部屋で騒ぐこと御法度の老舗旅館も貸し切り状態ですので、事実上の黙認です。夜遅くまで、ワイワイ懇親を深めます。さながら、大学のサークル呑み会です。

 本来、同窓会はこれで終わりなのですが、私は、せっかく遠いところから京都まで来てもらって、京都らしいところにどこも案内しないのは、ホスト役として申し訳ないと思って、クラスの翌日企画を立てました。ずばり、「貴船川床料理」。暑い京都でも貴船は別世界です。しかし、ビールは、汗をかかないと旨くありません。鞍馬山を越えてのミニハイキング。参加者は、教官2名を含む総勢17人。皆、久々の運動で、足ガクガクでしたが、予定どおり、涼しい川床で、おいしいビールを飲めました。貴船の様なところは、全国的に珍しく、皆にとても喜んで頂け、ホスト役としてうれしく思いました。

 次回は、名古屋での25年大会です。その時の再会を誓いお別れしました(皆、高齢になるので、たんだん、同窓会のサイクルが短くなります)。

 因みに、新司法試験組(H18~)が熱海10週年同窓会をしたそうなのですが、旅行社の話では、参加者が少なく、盛り上がりに欠ける様であったそうです。今の制度は、地域毎の修習となっており、全国レベルでの交流がありません。まあ、親しい修習同期いつでも会える環境にあるわけで、敢えて、知らない人との同窓会にお金と時間をかけて集まる気にならないのは、当然です。

 このような伝統は、是非、続いてほしいものですが、時代が許さないとしたら悲しいことです。

司法試験の思い出ー灼熱地獄ー

 弁護士黒田の「タイガース小ネタ」「ぼやき漫談」、お陰様でご好評を頂いております。
 今回は新たに法律事務所に相応しい新コーナーを作り、司法試験やその他司法に関する時事トピックについて発信していきます。

 第一回は、この暑さで思い出された司法試験の経験。

灼熱地獄

記録的大雨の後、連日猛暑が続きます。
京都は、連日、38度台。
京都は、祇園祭真っ最中。この灼熱地獄の中、山鉾巡行ご苦労様です。

実は、私は、祇園祭が苦手です。それは、受験時代の苦行を思い出すからです。
この祇園祭の期間は、大抵、旧司法試験 一番の山場である論文試験の期間(3日間)と重なりました。

私の時代は、6科目各2時間合計12時間試験で、5月の母の日にあるマークシートの択一試験をクリアした者(5人に1人)が、この論文試験で、9人に1人位にふるい落とされれます。
落ちると翌年再び母の日は、3時間半の択一問題に悪戦苦闘することになります。
この論文試験が人生分け目の天王山です。
この時期、梅雨明けしている事が多く、京都は猛暑です。なのに、当時は、試験会場にクーラーはありませんでした。択一試験を大阪会場(関大)と京都会場(京大)で受けたものは、論文試験は、京都大学で受ける事になっていました。そして、大阪組の多くは、京大のシンボル時計台下のすり鉢講堂が試験会場となります。
このすり鉢講堂は、地獄でした。窓は、殆ど開かず、隣の生協からのエアコンの熱気が籠もっています。サウナ風呂の様に汗が溢れ出してきます。したたり落ちる汗で答案用紙がビショビショになっていきます。当時は、右から書き進む縦書きですので、書き進むと手の汗で文字がどんどんにじんでしまって、文字がグチャグチャになってきます。
ですから、私は、先ず、受験票(ハガキ大)をペンを持つ手に汗で貼り付け、受験票を滑らせて答案用紙右から左に書き進めていました。試験会場は、サウナ風呂の様相でしたので、受験生の服装も超軽装です。女性などタンクトップの方も多く、肩をあらわにしています。ある時は、ふと前を見ると、前の席の人が、試験の途中でズボンを脱いで、水着?下着?姿で答案に格闘しています。この様な暑さ、どう考えても、大阪組不利です。
大阪組でも受験番号が遅い人は、すり鉢講堂ではなくて、校舎の一般教室が試験会場となります。こちらは、すり鉢地獄より遥かにましです。ですから、大阪会場で受ける人は、申込み期限ギリギリに出して、遅い受験番号を得るなどの工夫をしたり、択一試験自体、京都を選んだりしたりして、灼熱地獄のすり鉢講堂を避ける努力をしていました。
でも、京都自体が盆地で気温が高いですので、汗だくというのは変わりません。お金があるリッチな人は、択一会場を仙台とか、札幌にしていました。実は、私も、択一試験会場を名古屋に移したことがあります。論文試験会場は、役所の合同庁舎の一室。何階だったか忘れましたが、上の方の階でしたので、暑いことは暑いのですが、窓から風が入り、京都すり鉢灼熱地獄に比べれば天国だと思った記憶があります。

ま、ただ、この年も、敢え無く敗退しましたので、環境だけのせいにはできません。言い訳としては、宿泊した安宿の壁が薄く、隣のカップルの夜な夜な激しい活動のおかげで超寝不足状態に陥っていたことは間違いありません。

私は、何度も京都で受験しました。何回受けたかは、またの機会にお話したいと思いますが、択一試験を乗り越えた実力者の9人に1人の試験ですので、1問の失敗が命取りです。試験終わったときには、ある程度、自分がどの出来だったかわかります。四条大橋に浴衣姿の女性が楽しそうにしているのを横目に背中を丸めて、大阪に戻ります。今でこそ青春の思い出ですが、先が見えず、とても辛かった。

平成6年は、今年の様に猛暑でした。受験生の何人か試験中に熱中症で倒れるということが発生したらしく、翌年の平成7年からは、試験会場にクーラーが入ることになり、試験会場が京都大学から同志社大学に変更となり、やっと大阪組灼熱地獄から開放されました。しかし、今度は、同志社大学、クーラー効きすぎです。例年の如く薄着でいた初日は、寒くて、体がガタガタ震えました。灼熱地獄から極寒地獄です。翌日から長袖シャツを用意しました。その年、やっとのことで、論文試験パスする事ができました。